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東京地方裁判所 昭和23年(ヲ)534号 決定

申立人

日本映画演劇労働組合東京支部東宝撮影所分会

相手方

東宝株式会社

主文

本件申立は、これを棄却する。

申立費用は、申立人の負担とする。

申立の趣旨

右当事者間の東京地方裁判所昭和二十三年(ヨ)第九六一号仮処分申請事件につき昭和二十三年八月十三日同庁が為した仮処分決定の執行として昭和二十三年九月八日東京地方裁判所執行吏三名が申立人組合幹部に対し右仮処分決定に所謂立入とは普通の状態に於て歩行する程度と解釈するを以て、この立入りの限度を越えたることを発見次第直ちに全面的に申立人組合員の立入りを禁止すべき旨を告知し、申立人組合員の行動を制限した行動は、これを取消すという趣旨の裁判を求める。

申立の原因の要旨

(1) 本件相手方が申請人としてなした、昭和二十三年(ヨ)第九六一号仮処分申請事件の申請の趣旨及び東京地方裁判所第四部で同申請を相当と認める旨の仮処分決定(註、前掲(11)参照)がなされた。

(2) 東京地方裁判所執行吏は右申請の趣旨と右決定の主文とを対比して右決定の内容を正しく把握し、これが執行を行うべき法律上の義務あることは多言を要しないところであるが特に右仮処分決定に所謂「立入り」の内容を解釈するに当つては、申請の趣旨第三項及び第四項前段と決定主文第三項後段の部分とを対比しなければならない。

すなわち、申請人は申請の趣旨として被申請組合員の活動に対し相当大幅の制限を加うべき旨の決定を申請しているが、決定は申請人の業務執行に妨げない限り被申請組合員の立入を許すべき義務を執行吏に負はしているのであつて、「立入り」の内容従つてその限界はあくまでも「申請人の業務執行に妨げない限り」相当大幅のものでなければならない。

しかるに相手方(申請人)の委任により右仮処分決定の執行を行つた東京地方裁判所執行吏三名は昭和二十三年九月八日執行現場に臨み点検を行つた際申立人組合幹部等に対し右決定に所謂「立入り」とは普通の状態に於て歩行する程度と解釈するを以てこの立入りの限度を越えた事を発見した場合は直ちに全面的に申立人組合員の立入りを禁止すべき旨を告知し、以て申立人組合員右決定に許された活動の自由を極端に圧迫している。

かくの如き執行方法は明らかに前記決定の範囲を逸脱し相手方が申立人組合活動圧迫の手段として右決定を悪用することを援助するものであつて違法と断じなければならない、また申立人はかゝる違法な執行によつて損害を蒙つているから即刻右不法処分の取消を求めるため本申立に及ぶ次第である。

なほ本件は周知の如く労働争議に関連して発せられた仮処分であつて、右仮処分は仮申請人の財産権の保全と、その業務執行上の仮の地位を定めたものであつて、被申請人組合の合法的なる一切の争議行為を含む組合活動を抑圧することを目的としたものでないことも亦右立入りの内容及び限界を定める重要な契機となつていることを知らなければならない。

徒らに使用者たる申請人の争議対抗手段を強化するために組合を不平等の地位に陷れることを目的とした仮処分ではあり得ないと解釈すべきものである」というのである。

理由

相手方東宝株式会社が申立人日本映画演劇労働組合東京支部東宝撮影所分会を被申請人として東京地方裁判所に仮処分申請を為し、同裁判所が右申請にもとずき同裁判所昭和二十三年(ヨ)第九六一号仮処分申請事件として昭和二十三年八月十三日仮処分決定を為したことは、申立人提出の仮処分申請書(写)及び仮処分決定書(写)によつて明かであり、また申立人提出の点検調書(写)によれば、東京地方裁判所執行吏三名が相手方(申請人)代理の右依頼により右仮処分決定に其の執行後の点検として昭和二十三年九月八日目的物件所在地である東京都世田谷区喜多見町百番地東宝撮影所に臨み点検をしたところ、同執行吏三名は、申立人組合の組合員等の状態が同日まで数度為された点検とほゞ同様で、申立人組合員等がその許された立入りの程度を越え使用の状態にあると認めたので申立人組合の代表者に面会を求めたが代表者が不在のため全権を任されているという申立人組合幹部等に面会し、「本日の点検によるも申立人組合員の状態は、これまでの点検の際と同じように立入りの程度を越え、使用の状態にあるものと認める。これはこれまで点検の都度指摘して善処を促しておいたのであるが、依然として改めていないのであるからこのような状態がつずけば、全面的に立入りを禁止する外はない結論に達した。」と告げた。

すると右組合幹部等は、

「立入りの限度を改めて説明してほしい、そうすれば、組合員をして仰せの通り実行させるから、立入り禁止は待つて貰いたい」と申出たので、執行吏三名は、「常識の見解では、立入りとは普通の状態で歩行する程度をいうのである」と説明し、且つ「もし、今後この限度を越えた事を発見すれば、発見次第直ちに全面的に申立人組合員の立入りを禁止する」と告知したところ、右組合幹部は、これを了承し「今後右の通り改めるが、即刻改めることは、組合員のうちには私物を置いてある者もあり、これを持出す必要もあつて、今直ちに改めることは困難であるから、少し時間に猶予を与えて欲しい」と求めたので、結局「明日から改めること、もし右の立入りの限度を越えたときは、直ちに全面的に申立人組合員の立入りを禁止する」と告知したことを認めるに十分である。

しかしながら右執行吏が右点検の際にとつた行為はまず「立入り」に関する見解を述べて、その見解から同日における申立人組合員の状態を立入りの限度を超えて使用の状態にあると認めたけれども、直ちに組合員に対し全面的に立入りを禁止したのではなく、また時間の猶予を与えて全面的に立入りを禁止したのではなく、もし組合員が右の状態を改めることなく立入りの限度を越えて使用の状態にあると認められるときは(即ち従前の状態と同じ状態にあるときは)、直ちに全面的に申立人組合員の立入りを禁止するとし、立入りの限度を越えた場合において将来とることあるべき執行行為を警告したに過ぎないものであつて、未だ執行行為には出なかつたこと明かである。

凡そ民事訴訟法第五百四十四条第一項にもとずく所謂執行方法に関する異議の申立は、強制執行の方法又は執行に際し執行吏の遵守すべき手続に関して為す異議の申立であつて、右のような未だ執行行為にも至らない単なる予告に過ぎないものに対しては、異議の申立を許すべきものでないと解すべきであるから、申立人の本件申立はこの点で失当であつて、到底棄却を免れない。

そこで本件申立に対する当裁判所の判断としては、以上で足りるのであるが、万一申立人組合の組合員が、前記執行吏の下した「立入り」に関する見解に反し、その立入りの限度を越えたと認められた場合には、直ちに(執行裁判所である当裁判所の判断を仰ぐ余裕なく)全面的に立入り禁止の執行を受ける処なしとしないから、あらかじめ当裁判所のこの点に関する見解を明示しておくことは、徒爾ではなかろうと考える。

そこでこの点につき当裁判所の見解を示すこととする。

さて、前に認定したように仮処分決定の第三項は、「執行吏は、被申請人(申立人)の申出により、右不動産中被申請人組合事務所にあてている部分を同事務所として被申請人に使用させなければならないし、そのほかの部分についても、申請人(相手方)の業務執行に妨げない限り被申請人組合員の立入りを許さなければならない」といつているから、「使用」ということと、「立入り」ということは区別していることは明らかである。

そして執行吏は、その「立入り」というのは、普通の状態で歩行する程度のことをいい、この程度を越えれば、「立入り」の限度を越えるとの見解を述べている。

果して執行吏のいう通りであらうか。

「立入り」という語は、言葉それ自体の意見からいえば、単に入るとか又は入り込むことをいうに過ぎないから、ある事のためにある物を役に立てるという意味をもつ、「使用」という語とは、明らかに異つているが、ある不動産に立入るためには、一時的にそして部分的ではあるが、使用と同じくその不動産の場所的(空間的)占拠を伴わざるを得ない。

ただ使用の場合は、その占拠が恒久的であり、全体的であり得るのである。

(もとより一時的、部分的であるを妨げない。)

そこで、ある不動産に立入りを許された場合に、その立入りが、執行吏のいうように通常の状態で歩行する程度のことに限られ、その不動産の一部に、そして一時的にとどまることは立入りの限度を越えたものとなるであろうか。

当裁判所は、以上に述べたような考えから、不動産の一部に一時的にとどまること、例えばある部屋に立入りを許された場合に、その部屋にあり合せた椅子に腰をおろしても、それが部屋の全部に及ばず、また時間的に永くならない限り、また立入りの限度に入つていると考えるものである。

執行吏が立入りの限度を通常の状態で歩行する程度と解するのは、少し狭く解し過ぎるものと思う。

然らば、その部分的といい、一時的というのは、どの程度をいうのか。

本件のように「立入り」を許された者が、ごく小数の者に限られたのではなく、申立人組合員全員(その数は数百人にのぼるということである)に及んでいるのであつて、右の「立入り」が組合員各員それぞれに許されている以上、立入れられる不動産の方にだけ眼を注いで見て、その不動産の多方面に散らばつて「立入り」行為が行われるのはやむを得ないし、また時間的に集積されて数時間になることもあり得るであらう。

ただ以上の当裁判所の見解は「使用」との区別をもととして「立入り」の限度を考えたものであつて、業務執行の妨害という点には触れなかつたことに注意したい。

この仮処分決定は申立人組合員に無制限に立入りを許したのではなく、「申請人(相手方)の業務執行に妨げない限り」という制限をつけているのである。

ここに業務とは、相手方の重要な業務とする映画製作はもとよりのこと、これに附随する行為も広く業務に入るのであつて、たとえば相手方が今直ちに映画の製作にとりかかることがでなくても、今後映画の製作にとりかかり得るようになるときの準備としての撮影所の補修工事や清掃作業は業務に入るし、また、映画製作にとりかかつていない今日では、現業的な業務はないにしても、相手方会社にはなお事務系統に属する業務は存する余地があるのであつて、たとえば会社資産の保管や点検等はこれに入るのであつて、もし相手方会社側従業員がこれ等の業務に従事する際、申立人組合員が「立入り」に名を籍りて、故意に立入場所から立去らず、または組合員多数の威迫を以て会社側従業員の通行を妨げれば、それは明らかに相手方の業務を妨害したものである。

それ故に不動産の一部に一時的にとゞまること、その限度で、あり合せた椅子に腰をおろす程度が立入りの限度に属するという当裁判所の見解と雖も組合員多数が一時的に構内にたたずむことによつて、相手方会社の業務に従事する会社側従業員に威迫を加え、或いは暴力こそ用いなくとも、スクラムを組み、又は罵詈雑言を浴せかけて会社側従業員の通行を妨げれば、かような「立入り」は「相手方会社の業務執行に妨げない限り」という制限に違反するものとなるのである。

そして仮処分決定は、その第四項に「被申請人(申立人)は申請人(相手方)が右不動産において業務を行う場合これに妨害を加えてはならない。これに反する場合においては、執行吏は妨害排除のため適当の措置をとることができる」といつているのであるから、右に述べたような制限に違反した立入りは、たとえ当裁判所の見解にいう「立入り」の限度にあるものであつても執行吏はその妨害排除のために必要ならば、適当の措置として申立人組合員に対し全面的に立入りを禁止することもできるわけである。

されば、当裁判所は、仮処分決定第三項の「立入り」とは何ぞや、「立入り」の限度は如何という点に拘泥するよりも、「立入り」が相手方会社の業務を妨害しないという制限の下に許されている以上、また、この制限違反の行為に対しては、その妨害排除のため執行吏は適当の措置をとることができる以上、業務執行妨害の事実ありや否やの点に重点をおいて立入り許否の判断を加えるのが至当であると思ふのである。

要するに、当裁判所が、以上「立入り」に関して述べたところは、既にことわつたように、本申立に対する判断としては、いわば余論の部に属するのであつて、本申立が的なきに放つた矢であつて、その点で失当として棄却すべきものであることは、前段に述べた通りである。

よつて、申立費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のように決定する次第である。

別紙目録省略

註、昭和二十三年九月二十日即時抗告の申立があり、昭和二十三年九月三十日本決定前段と同様の理由により抗告棄却の決定があつた。

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